◇船酔いはこんなに苦しいもなのか◇
船酔いで苦しんでいる人を見て同情することはあっても、自分が苦しんだ経験はなかった。自分には降りかかることがない災難だと思いこんでいた。ところが、この自信が過信だと思い知らされる日がやってきたのである。
ヒラメを狙って10月9日に外川の福田丸に乗船した。予報では波の高さ2メートル、北東の風9メートル。ちょっと風が強いぐらいで釣りはできるだろうとタカをくくって乗り込んが、海上はうねりがあって予想以上に揺れる。
ポイントの銚子沖に到着してキャビンから顔を出すと波が甲板を洗っていた。近くの僚船が大きく上下して、船底まで見える。大きな波で船全部が見えなくなる。こんな大波の上で船に乗った記憶はない。まして釣りをした経験はなかった。
「これが2メートルの波?」つぶやきながら仕掛けの準備かかる。エサのイワシをセットして第1投の合図を待っていると吐き気が襲ってきた。それは二日酔いの感覚にそっくりだった。しかもかなりひどい二日酔いの症状だ。経験的に吐けばすっきりして楽になることがわかっているので、ためらいなく海にもどす。
すぐさま第2波、第3波の吐き気が襲ってきて、胃袋が空になるまではき続ける。吐くものがなくなっても吐き気が襲う。楽になるどころか苦しみはますますきつくなっていく。
キャビンで横になろうかという思いがよぎったが、ヒラメの型を見るまでは踏ん張ることにした。これは釣り人の業(ごう)のなせるわざかもしれない。だが釣っている間中、吐き気は容赦なく襲ってくるし、苦しみが薄れることはなかった。
皮肉なことにこういう日は底荒れしてヒラメには良くない。持ち竿で粘っていてもアタリすらない。周りではぽつりぽつり釣り上げてはいるが、自分が持つ竿には何の魚信も到来しない。
納竿間際の12時半、ようやくアタリが訪れた。穂先が海中に突っ込むののを待って合わせると、乗りを確信した。ようやく船酔いを我慢しての粘りが報われるときがきた。と、リールの巻き上げに掛かった瞬間、ふっと軽くなった。痛恨のバラシ。回収した仕掛けには空バリがむなしく揺れていた。
落胆したがすぐに気持ちを切り替えた。アタリが来た瞬間は、船酔いが吹き飛んでいた。バラしてしばらくしたらまた吐き気をもよおしたが、気持ちが高揚している間は船酔いのことは忘れていた。アタリさえ頻繁にあれば船酔いを回避できる、そう思いアタリを出すことに全神経を集中させた。
しかし13時に納竿となり、とうとう型を見ることができなかった。船酔いとボーズのダブルパンチに帰りの船上で思った。
「来週は絶対リベンジしてやる」
◇ワラサ上げてもらう◇

ヒラメのバラシから気を取り直して集中していると竿をひったくるようなアタリ。ドラグが効いてミチイトが引き出される。きっとでかいヒラメだ。巻いては引き出されるやりとりを繰り返す。
しばらくすると反対舷側にミチイトがどんどん引っ張られていく。ヒラメがこんなに走るはずがない。それでもやりとりしていると、反対舷の釣り人とオマツリに。魚はその釣り人が釣り上げてしまった。タモに収まった魚は61センチのワラサだった。
「おたくの仕掛けに掛かっていたよ」とタモごと差し出されて複雑な心境だった。ヒラメでなかったのはまあいいとして、最後まで自分で釣り上げたかった。
◇初心者の奇妙な行動◇
船縁にロッドキーパーをセットしていると、隣の釣り人が話しかけてきた。
「仕掛けは何個用意していますか」「ロッドキーパーは必要ですか」
60歳は超えていそうなベテランと見受けられる人だったので意外な質問だった。訊けばヒラメ釣りは初めてということなので納得した。自分も初体験のときはずいぶん戸惑ったので、親切ていねいに答えた(つもり)。
釣りを開始してしばらくした頃、船長がマイクで怒鳴るのが聞こえた。
「一番前のお客さん。イワシを2匹付けるのは止めてくれる。常識外だ」
その声で隣の仕掛けを見ると、なんと親バリと孫バリに1匹ずつイワシを刺していた。
「じゃあなんでハリが2本付いているんだ」
初心者のつぶやきが聞こえた。
仕掛けや釣り方の予備知識を持たずに釣り船に乗る大胆さに驚いた。と同時に面白い発想に感心した。それはともかく2本バリの効用とイワシの刺し方を教えた。船酔いで最悪な状態だったが何とか理解してもらえた(と思う)。
そしてその初心者は見事にヒラメを1枚釣り上げた。これではまれば次回は少し研究して来るに違いない。